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矢野顕子と本田美奈子
矢野顕子と本田美奈子に驚いている。
二人とも名前を知らなかったわけじゃない。本田美奈子は80年代におヘソを出しながら「マリリ〜ン」って歌っていたのを微かに覚えている。童顔で華奢なアイドルなのに地声にドスが利いていて意外だった。『ミス・サイゴン』でミュージカル女優に転身したことも何となく知っていた。元々歌の上手い人だったし、確かテレビで歌番組がなくなりつつある時期がったので、そういう方向性もあるだろうなと漠然と思っていた。
矢野顕子は、デビュー当時から知っている。デビューアルバム『Japanese Girl』は衝撃的だった。このアルバムは今聞いても全く古びていない。FMで流れるスタジオライブを聞いたとき、すでに完成された世界を持つ天才が、そのあとどの方向に行くのか想像もつかなかった。
音楽好きな僕ではあるが、85年頃を境に時代の音楽を追うのをやめた。邦楽も洋楽も含めて当時の音楽シーンに興味を持てなかったのもあり、僕の音楽鑑賞のベクトルは過去へと遡行していった。元々テレビを見るほうじゃなかったので、その後の音楽がどうなっているのかよくわからない。時代の音楽との乖離はマレーシアに来たことで一層広がった。
それでも、元生徒や友人から送られてきたテープによって新たに好きになったミュージシャンや曲はいくつかある。邦楽だと、ブルーハーツ、スピッツ、Cocco、ソウル・フラワー・ユニオンがそうだ。洋楽はゼロ。
そんな浦島状態の僕が、先週、youtubeで二人の曲の映像とたまたま出会った。それから何度も何度も繰り返し聞いている曲がある。「魂のふるさと」の書庫に入れたいほど、僕の魂が共鳴してしまった。
矢野顕子のほうは2006年のNHK BS2で放映されたライブであるらしい。このトリオの演奏は息が合ってすばらしい。この太ったベースのおじさん、どこかで見たことがあるなと思ったら、アンソニー・ジャクソンではないか。スティーリィ・ダンの『ガウチョ』でベースを弾いていた超絶ベーシストだ。クリフ・アーモンドという人のドラムは初めて聞いたけど、キレのいい僕好みのドラム。三人の技術の確かさはもちろんすごいのだけど、技術を超えて別の世界に遊んでいるような演奏だった。音の世界の中で、矢野顕子が音と一緒に、自分も音そのものになって戯れている。聴いていて自分の体がポンポンと弾けた。
◆「RODE GARDEN」
http://jp.youtube.com/watch?v=xixnJZbQcHw
矢野顕子は下手にバンドで演奏するよりもソロのほうが自由だったりする。でも、このトリオでの演奏でいかに矢野顕子が軽やかに自在になったかを知るために、次の二つを聞き比べてみてほしい。曲はデビューアルバム『Japanese Girl』に収録されている『電話線』。最初の演奏は1978年頃のもの。
◆「電話線」1977年
http://jp.youtube.com/watch?v=kjptE-Oemks&feature=related
次の演奏が2006年のもの。
◆「電話線」2006年
http://jp.youtube.com/watch?v=UQwbI2AjKv8&feature=related
どちらの演奏も素敵だけど、個性がぶつかりあって別の世界を作るという点では、2006年の演奏は抜きんでていると僕は感じる。
本田美奈子については、アイドルのイメージしかなかったので、空に溶けていくような透明な歌声に驚いた。日本に住んでいる人にすると「何を今頃」と思われるかもしれないのだけど、僕にとっては「マリリ〜ン」の本田美奈子がいきなり天使になって現れたのだから仕方がない。いや、天使というより深い森に抱かれてある清冽な泉の精と表現したほうが僕のイメージに近い。「おっさん、何寝言言ってんねん」と言わないでください。それぐらいショックだったのだから。そんなふうに感じたのは「Amazing Grace」と「JUPITER」。日本では何度も流れた曲なのだろうけど、僕にとっては先週初めて出会った曲だ。
◆「Amazing Grace」
http://jp.youtube.com/watch?v=cRbP2sPKUL4
◆「JUPITER」
ピアノの伴奏バージョン。多分、リハーサル風景。
http://jp.youtube.com/watch?v=PKpmH9j1GP8&feature=related
闘病生活がはじまる少し前の映像。フルバンド。
http://jp.youtube.com/watch?v=wR0IMxmRTD0&feature=related
練習による歌唱技術の向上と音域の広がりということももちろんあるのだろうけど、そういうものを超えた何ものかに彼女は触れたのだと思う。自己表現とか自己実現とか、そうした自分の輪郭を超えた何ものか。その「何ものか」を言葉にすることはできるけれど、今、僕はそれを名づけたくはない。
この一週間、家にいるときは、繰り返しこの二人の曲を聴きながらぼーっとしている。
二人とも名前を知らなかったわけじゃない。本田美奈子は80年代におヘソを出しながら「マリリ〜ン」って歌っていたのを微かに覚えている。童顔で華奢なアイドルなのに地声にドスが利いていて意外だった。『ミス・サイゴン』でミュージカル女優に転身したことも何となく知っていた。元々歌の上手い人だったし、確かテレビで歌番組がなくなりつつある時期がったので、そういう方向性もあるだろうなと漠然と思っていた。
矢野顕子は、デビュー当時から知っている。デビューアルバム『Japanese Girl』は衝撃的だった。このアルバムは今聞いても全く古びていない。FMで流れるスタジオライブを聞いたとき、すでに完成された世界を持つ天才が、そのあとどの方向に行くのか想像もつかなかった。
音楽好きな僕ではあるが、85年頃を境に時代の音楽を追うのをやめた。邦楽も洋楽も含めて当時の音楽シーンに興味を持てなかったのもあり、僕の音楽鑑賞のベクトルは過去へと遡行していった。元々テレビを見るほうじゃなかったので、その後の音楽がどうなっているのかよくわからない。時代の音楽との乖離はマレーシアに来たことで一層広がった。
それでも、元生徒や友人から送られてきたテープによって新たに好きになったミュージシャンや曲はいくつかある。邦楽だと、ブルーハーツ、スピッツ、Cocco、ソウル・フラワー・ユニオンがそうだ。洋楽はゼロ。
そんな浦島状態の僕が、先週、youtubeで二人の曲の映像とたまたま出会った。それから何度も何度も繰り返し聞いている曲がある。「魂のふるさと」の書庫に入れたいほど、僕の魂が共鳴してしまった。
矢野顕子のほうは2006年のNHK BS2で放映されたライブであるらしい。このトリオの演奏は息が合ってすばらしい。この太ったベースのおじさん、どこかで見たことがあるなと思ったら、アンソニー・ジャクソンではないか。スティーリィ・ダンの『ガウチョ』でベースを弾いていた超絶ベーシストだ。クリフ・アーモンドという人のドラムは初めて聞いたけど、キレのいい僕好みのドラム。三人の技術の確かさはもちろんすごいのだけど、技術を超えて別の世界に遊んでいるような演奏だった。音の世界の中で、矢野顕子が音と一緒に、自分も音そのものになって戯れている。聴いていて自分の体がポンポンと弾けた。
◆「RODE GARDEN」
http://jp.youtube.com/watch?v=xixnJZbQcHw
矢野顕子は下手にバンドで演奏するよりもソロのほうが自由だったりする。でも、このトリオでの演奏でいかに矢野顕子が軽やかに自在になったかを知るために、次の二つを聞き比べてみてほしい。曲はデビューアルバム『Japanese Girl』に収録されている『電話線』。最初の演奏は1978年頃のもの。
◆「電話線」1977年
http://jp.youtube.com/watch?v=kjptE-Oemks&feature=related
次の演奏が2006年のもの。
◆「電話線」2006年
http://jp.youtube.com/watch?v=UQwbI2AjKv8&feature=related
どちらの演奏も素敵だけど、個性がぶつかりあって別の世界を作るという点では、2006年の演奏は抜きんでていると僕は感じる。
本田美奈子については、アイドルのイメージしかなかったので、空に溶けていくような透明な歌声に驚いた。日本に住んでいる人にすると「何を今頃」と思われるかもしれないのだけど、僕にとっては「マリリ〜ン」の本田美奈子がいきなり天使になって現れたのだから仕方がない。いや、天使というより深い森に抱かれてある清冽な泉の精と表現したほうが僕のイメージに近い。「おっさん、何寝言言ってんねん」と言わないでください。それぐらいショックだったのだから。そんなふうに感じたのは「Amazing Grace」と「JUPITER」。日本では何度も流れた曲なのだろうけど、僕にとっては先週初めて出会った曲だ。
◆「Amazing Grace」
http://jp.youtube.com/watch?v=cRbP2sPKUL4
◆「JUPITER」
ピアノの伴奏バージョン。多分、リハーサル風景。
http://jp.youtube.com/watch?v=PKpmH9j1GP8&feature=related
闘病生活がはじまる少し前の映像。フルバンド。
http://jp.youtube.com/watch?v=wR0IMxmRTD0&feature=related
練習による歌唱技術の向上と音域の広がりということももちろんあるのだろうけど、そういうものを超えた何ものかに彼女は触れたのだと思う。自己表現とか自己実現とか、そうした自分の輪郭を超えた何ものか。その「何ものか」を言葉にすることはできるけれど、今、僕はそれを名づけたくはない。
この一週間、家にいるときは、繰り返しこの二人の曲を聴きながらぼーっとしている。
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